何を残し、何を変えるか。私が美容医療で「顔の造形を変えない」と決意した理由
SNSを開けば、目を奪われるような美容医療のビフォーアフターがタイムラインを埋め尽くす現代。少し前までは限られた人のための特別な選択だった美容医療は、今やメイクアップの延長線上にあるほど私たちの日常に身近な存在となりました。日仏ビヤンネートル協会を主宰する私自身、これまでさまざまな美容医療の進化を見つめ、時には身をもって体験&レポートしてきましたが、その中で自分に課している「たった一つの絶対的なルール」があります。今回は、日本における美容医療の現在地を振り返りつつ、情報に流されず「自分らしさ」を守り抜くための、私なりのスタンスをお話しさせてください。
目次
カジュアル化する日本の美容医療と、その深層にあるもの
ここ数年で、日本の美容医療へのハードルは劇的に下がりました。その背景には、コロナ禍によるマスク生活の定着がダウンタイムの不安を払拭したことや、韓国アイドルの一点の曇りもない美しさが新しいスタンダードとなったことなど、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。インフルエンサーたちが顔の造形を根本から変えるような大掛かりな手術についてオープンに語り、その公表を「勇気ある行動」として称賛する空気感も、もはや私たちの日常の風景としてすっかり定着しています。
しかし、その根底に流れているのは、日本を含むアジア社会に深く根付いた「ルッキズム(外見至上主義)」と「若さへの過剰な信仰」です。
ヨーロッパ、特にフランスでは「年齢を重ねた成熟した女性」に深い魅力を見出しますが、アジアの文化圏では依然として「若々しさ」が絶対的な価値を持ち、それが恋愛やキャリアにまで影響を及ぼすと考える風潮が根強く残っています。「若く見えなければならない」という見えない同調圧力が、女性たち(そして昨今では男性たちをも)を焦燥感に駆り立て、果てしない美容医療のループへと向かわせている側面があることは否定できません。
美容医療の尊い恩恵と、私が抱いた「ある違和感」
では、そうした社会のうねりの中で、私自身が美容医療とどう向き合っているかをお話しします。
前提として、私は美容医療の持つ素晴らしいパワーを決して否定しません。実際、コンシーラーで隠しきれないシミやホクロをレーザーでサッと取り除いたことで、毎朝鏡を見るたびに心がふわりと軽くなり、前向きなエネルギーが湧き上がるのを何度も経験してきました。美白コスメを使ってシミやホクロをケアすることは、国が認めた有効成分によって可能とされているものの、自分の肌で確実に望む結果が導かれるかは未知数であり、たとえ薄くなったとしても途方もない時間とコストがかかるのが現実です。だからこそ、テクノロジーの力を賢く借りて深いコンプレックスを短期間で解消することは、その人の人生の質(QOL)を劇的に高めることができる尊い技術だと信じています。
ですが、私が美容医療を取り入れる際、絶対に譲れないルールが一つだけあります。それは、「顔の造形に関わる施術はしない」ということです。
このルールに行き着いたのは、過去の取材で「エラのボトックス注射」を体験したことがきっかけでした。施術後、エラの筋肉が小さくなり、私の顔はたしかにほっそりとシャープになりました。一般的な美の基準からすれば「成功」であり、喜ぶべき結果だったのかもしれません。しかし、鏡に映る自分を見た瞬間、私は強烈な違和感と「これは私の顔じゃない。私が私でなくなってしまった」といった、恐怖に襲われました。
自分が生まれ持った骨格が変容してしまった居心地の悪さは、エラがなくなった事実よりも、私の心を深く沈ませました。
老化ではなく生まれ持った骨格。アイブロウサロンでの気づき
この「自分の骨格を変えてはいけない」という直感をさらに決定づけた、もうひとつの出来事があります。
ある時期、私は自分の眉毛と目元の「左右差」が年々広がっているように感じ、ひどく悩んでいました。「睡眠不足が原因だろうか」「老化で顔がたるんできたのだろうか」と焦り、解決策をリサーチし始めました。すると、インターネットの検索結果には頭皮やフェイスラインを切開して引き上げる大掛かりな外科手術が並び、近所の皮膚科ではアートメイク(タトゥー)を勧められました。しかし、どうしても不可逆的な造形の変化に踏み切れなかった私は、最終的に、信頼できるアイブロウサロンに通って骨格を整えてもらうという選択をしました。もちろん1回の施術で左右差が完全に消えるわけではありません。ですが、3回ほど通ううちに、自分の骨格にすっと寄り添うナチュラルな眉を手に入れることができ、毎朝アイブロウを描くときの憂鬱もすっかり消え去りました。そして後日、驚くべき発見をしたのです。偶然開いた幼い頃のアルバムに写る「0歳の私」の顔には、なんと今とまったく同じ眉と目元の左右差がはっきりと写っていました。
それは生活習慣の乱れでも老化でもなく、私が生まれ持った「自然な骨格」そのものだったのです。あの時、焦ってメスを入れたりタトゥーを刻んだりして、この愛すべき骨格を崩さなくて本当によかったと、心から安堵したものです。
コンプレックスもひっくるめて骨格を愛する
これらの経験を通じて痛感したのは、顔の輪郭や筋肉の動き、そして少し不完全なパーツの配置や左右差こそが、その人の個性を語る「アイデンティティ(シグネチャー)」そのものだということです。
ヒアルロン酸で唇を不自然にふくらませたり、糸リフトで無理に輪郭を引き上げたりする施術は、SNSのフィルターを通した「一瞬の完璧さ」は作れるかもしれません。しかし、笑ったときの愛嬌や、その人が生きてきた軌跡が刻まれた表情の豊かさといった、数値化できない魅力までも奪ってしまう危険性を孕んでいます。
「若ければ若いほど良い」という呪縛に囚われ、他人の顔のパーツをパズルのように当てはめようとする前に、一度立ち止まってみてください。
美容医療は自己表現のためのパワフルなツールだからこそ、「何を変え、何を残すのか」の境界線を、世間のトレンドではなく、自分自身の意志で引くことが何よりも重要です。私にとっての「自分らしさ」とは、コンプレックスも含めた全体像の調和であり、それを見失わない範囲で美容を楽しむことこそが、ビヤンネートル(心地よい在り方)だと確信しています。
どうか、社会の風潮や一時的な流行に流されず、あなたの顔にしかない唯一無二の魅力を愛し抜いてください。「自分らしさ」という輪郭を大切に守りながら、皆さんと一緒に、これからも美しく誇り高く年齢を重ねていきたいと心から願っています。
日仏ビヤンネートル協会では、社会の同調圧力から自身を解放し、フランスのエスプリを通じて「自分軸の美しさ」を育むためのメソッドを発信しております。無理な足し算や造形の変化を追うのではなく、心と体を心地よく整えるウェルビーイングな視点を提供する各種講演や、企業様向けセミナーのご依頼も承っております。お気軽にお問い合わせください。


































































